【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(4)

【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(4)

眠れない夜…大人の上質な恋愛小説はいかがですか? 第二章、WEBメディアの編集長としてキャリアを積む独身・今日子は年下の彼氏・坂口健太との順調な恋愛を楽しんでいた。そんな時、5年前に別れた江口貴彦から手紙が届く。この日、今日子は百合と共に作家・氷室恭介のパーティへと出かけて行った。


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日比谷公園に近いホテルで氷室の受賞パーティが終わると、ロングドレスをまとった銀座の高級クラブのホステスたちに囲まれた氷室が、頬を紅潮させながら、今日子と百合を二次会に誘ってきた。

180センチの長身で茶髪の袴姿の氷室が会場のシャンデリアの真下に立つと、まるでスポットライトを浴びたようにひときわ輝き、茶髪に隠れていた白髪さえも作家の風格といわんばかりで主役にふさわしい姿だった。

「ぜひ参加したいです」と笑顔で頷く百合。

水色とピンクのパステルカラーの水玉の春のワンピースに白のカーディガン姿の百合は、5歳ぐらい若返ったように見える。一方今日子は、琥珀色のロングドレスにパールのネックレスと黒のパンプス。対照的なファッションが、お互いを引き立てていることに今日子は気づいていた。

「夢見る少女がそのまま大人になったみたいだ」

酔った氷室が百合をベタ褒めすると、有頂天になった百合が嬉しそうに笑っている。百合の肩をぽんと軽くたたいた時だった。つうっと鼻から血が流れた。抑えた指先についた血をティッシュでふき取ると「ちょっと、化粧室に行ってくるね」と今日子は会場を出て、急いで同じ階にある女性用トイレに駆け込んだ。

洗面所の鏡の前で、宙を仰いでティッシュを鼻にあてるとすぐに鼻血はおさまった。会議が終わってから強く鼻をかみ過ぎたせいかもしれない。色気がないなあと苦笑いをしながら、ティッシュをバッグに戻そうとした時、一人の女性が声をかけてきた。

「アットウーマンの橘編集長ですよね」

隣に一人の女性が立っていた。淡い紺色のスーツを着たショートカットの女性は冷ややかな目で鏡の中の今日子を眺めている。

「そうですけど…どちら様ですか?」

つうっとまた鼻血が出そうになったので、慌ててティッシュで押さえた。だが血はついていなかった。

「大丈夫ですか、鼻血」

スーツの女性が尋ねる。相変わらず冷淡だ。今日子は姿勢を正して、女性の横顔を見た。

「何か御用ですか」

すると女性が向きを変えて、正面から今日子を眺めた。野暮ったさと勝気さが同居している。

「健太を昔から知っています」

挑むような口調で今日子に言い放った。

「健太って、牧口健太のことですか。ジュエリーアーティストの」
「大阪では、絵本作家って言っていたわ」

そしてじろっと今日子を睨んでから

「健太はよくうちに泊まっていたの」

健太の昔の彼女なのだろう。今日子はティッシュを鼻に当てながら立ち去ろうした。だが女はまだ挑んでくる。

「今でも大阪に来ると、うちに泊まっているわ」

今日子が振り返ると、スーツの女性が再び冷淡な表情で「あなたは健太のこと、よく知らないのね」とせせら笑った

「初対面の方に、失礼なことを言われる筋合いはないと思いますけど」

すると女性は岸本と名乗った。

「大阪のテレビ局に勤務しているディレクターです。健太とは数年来の知り合いで、大阪に来るたびに、私のマンションのゲストルームに泊まっていきます」

女性用トイレには、今日子と目の前の岸本と名乗る女性だけだった。鼻血はいつの間にか止まっていた。

「ゲストルームに泊まるお客さんというころですね」

冷静に返したつもりだったが、岸本は「まさか」とまた笑う。

「大阪に来るたびにゲストルームで私たちは、することをするのよ」

することをする―――下品な言い方だった。健太と愛し合っているとなぜ言えないのだろう。

岸本は健太のファンで、嫉妬のあまりでたらめなことを口にしているのだ。早く百合たちのところに戻ろうとドアに向かうと、岸本が後ろから大声で叫んだ。

「嘘なんかじゃないわ。女子大生に近づくために、健太は25歳と年齢をサバ呼んだのよ。今その女子大生は休学して、東京で彼のスクールに通う生徒よ。黒髪のロングヘアで切れ長の目で日本人形のような美しい女の子よ」

切れ長の目の日本人形のような女性。それは西荻窪のカフェで健太と向かい合って座っていた女性だ。…でも、まさか、健太がそんなことをするはずがない。今日子は首を振った。
ドアか開いて数人の女性たちが集団でやってきた。だが岸本と名乗る女性は彼女らを完全に無視している。
「思い当たることがあるでしょ」

背中で岸本の声を受け止めると、岸本の大きな声がトイレに響いた。

「私は健太の女癖の悪さ知ったうえで付き合っているけど、あなたには無理なんじゃないの」

女性たちの好奇な視線を感じた今日子は、さっとドアを開けて外に出た。

トイレの向こうの渡り廊下で、今日子を待っている百合が手を振っていた。百合のところまでたどり着こう。それから考えようと、今日子は震える心を抑えながら、百合に手を振りながら、走り出した。

(つづく)


作家 夏目かをる



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この記事のライター

ワーキングウーマン2万人以上の取材をもとに、恋愛、婚活、結婚をテーマにコラム、ルポ、小説など幅広く活動中。

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