【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(3)

【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(3)

眠れない夜…大人の上質な恋愛小説はいかがですか? 第二章、WEBメディアの編集長としてキャリアを積む独身・今日子は年下の彼氏・坂口健太との順調な恋愛を楽しんでいた。そんな時、5年前に別れた江口貴彦から手紙が届く―。動揺を隠せない今日子はノブミツのバーへ。優しいノブミツの言葉に今日子の目から涙が溢れてきた。


第一話を読む
第二話を読む


「こんばんは。あら、今日子、いたの」

香川真由美がコートのまま、今日子の隣に座った。

「泣いているの?」と心配する真由美に「私の毒舌に、笑いこけてしまったのよ」と、ノブミツが真由美におしぼりを出した。

「外は寒いわ。今夜も雪になるかしら」

息を吐きながら、手袋をしたまま手をこすり合わせる2歳年下の真由美はホットワインを頼んだ。普段はロングヘアをアップしているが、寒さのせいか今夜の真由美は背中まであるロングヘアだった。ほつれた髪を無操作に手で整えるしぐさが色っぽい。

「そうだ、今日子、ネットに出ていたよね」

スマホを取り出した真由美が今日子のインタビューが掲載されている画面を差し出した。先月受けたビジネスサイトの取材インタビューを真由美が目ざとく見つけたのだ。

「写真も素敵よ」

真由美がノブミツに画面を見せていると、鈴の音と共に扉が開き楠本百合が「ご無沙汰しています」と二人に声をかけた。

離婚調停中の百合を『カフェ ソサエティ』で見かけたのは、久しぶりだった。連絡を控えていたが、百合の明るい表情にほっとした。真由美も弾むような声で百合に声をかけた。

「ちょうどよかった。今日子のインタビュー記事がネットに公開されているの」
「どれどれ」と真由美のスマホで 記事を読む百合が、「『キャット』のことも書いてある!」

と興奮しながら、スクロールしていく。

『キャット』は麻布十番にあった老舗のカフェだ。サブカル雑誌の取材がきっかけで『キャット』に頻繁に通うようになると、今日子より前から常連の百合と真由美という気の合う友達ができた。その後『キャット』のママからノブミツを紹介された三人は、ママが田舎暮らしを決意して店を閉店してからノブミツのバーの常連客になったのだ。

「『いきなり女性サイトの編集長に抜擢されるなんて人生には想像が及ばないサプライズの瞬間があるとわかりました』。これって、今日子らしいよね」

「らしい、らしい」と真由美も賛同する。
「私らしいって、どういうこと?」

首を傾げながら、今日子は空になったグラスをノブミツに渡した。

「今日子はね、チャレンジジャーなのよ」と百合。
「チャレンジャー?」
「そう。挑戦しているから、サプライズな出来事が起こるの。新人アーティストの発掘のためにコンテストを推進したり、主婦の在宅ライター育成講座を設けたり、人生育成にも力を入れるなんて、すごいわ。今の時代は自分のことでいっぱい、いっぱいの人が多いし、企業は売上至上主義だから、育てるという発想が乏しくなりがちよ。でも今日子は風穴をあけたのよ」

真由美の絶賛をうのみにできなかった。サブカルライター時代に育ててくれる先輩が周囲にいなかったため、手探りの取材や執筆に苦労をしてきた。あの頃の自分が必要としていたことを、実現しただけだと今日子は思っている。

「サブカルライター時代のことも載っているわ」

百合が記事を読み上げていくと、ノブミツも「ほ~」と珍しく感嘆した。

「何だかとても恥ずかしいわ」

まるで自分の人生がたった10行ぐらいで語られるような気がした。でも人生には人に言えない秘密も多い。だから過去は膨大な記憶の連続なのだと今日子は思う。

店を出ると、雪からみぞれに変わっていた。傘に積もっていくみぞれの重さを感じながら駅に続く坂道を下っていくと、カバンの中で転送された手紙がまるで息をしている生き物として潜んでいるような気がした。

今日子の足は日比谷線ではなく、JRの改札へと向かっていった。健太に会いたい。雪のためか、午後10時過ぎのJRは普段よりも乗客が少なかった。溶けた雪が、滴となってぽたぽたと傘から落ちている。

西荻窪駅に着くと、粉雪が迎えてくれた。健太にラインしたが、返信がない。個展まで工房に籠って最後の仕上げをする予定のはずだから、ラインに気がつかないくらい集中しているのだろう。

顔だけ見たら帰ろうと、ロータリーを渡って商店街から路地に入った時だった。レンガ造りの小さなカフェの前で、足が止まった。窓際の席に、健太とロングヘアの女性が向き合いながら、お茶を飲んでいたのだ。

「あの人は確かジュエリースクールの健太の生徒……」

切れ長の目に漆黒の髪はまるで日本人形のように美しかった。窓からの雪あかりに照らされた健太から、こぼれるような笑顔が広がっていった。まるで恋人同士のような光景に、今日子は愕然とした。このまま立ち去るか、それとも窓の外から健太に合図をしようかと迷っていると、ラインの着信音が鳴った。ノブミツだった。

「手紙のこと、気になるね」

ノブミツの思いやりに胸が熱くなる。

「開店少し前に来てよ。一緒に開封してみよう」

年中無休の『カフェ ソサエティ』は午後7時ごろにノブミツが開店準備を始めるという。

「ありがとう。週末に行けると思う」

ほっとしながら返信をすると、ノブミツが即座に「大丈夫?それまで大丈夫?」とたたみかけてきた。

「年下の彼もいいけど、年上とも付き合ってみたら。独身だから恋は自由よ。今日子が気を使うよりも、気遣ってくれてしかも包容力のある男を見逃さないようにね」

独身だから恋は自由。

ノブミツのアドバイスを口ずさみながら、空を仰ぐと、粉雪がどんどん降りてきた。まるで宇宙に散らばっている星が次々と舞い降りてくるような錯覚にとらわれると、寂しさが急に募っていく。夜空には果てしない孤独が満ちているような気がして、今日子はぶるっと震えた。

ノブミツに「おやすみ」と返信してから、健太にコールしたが、健太はスマホを手に取ることはなかった。カフェの窓から手を振ってみたが、目の前の女性をまっすぐに見ながらお喋りを続け、しかも楽しそうに笑っている。不思議なことに想像していたような激しい嫉妬はなかった。ただ眠りたかった、泥のように眠れたら、雪が解けた世界のように、新しい光を浴びることができるような気がした。

踵を返して西荻窪駅に向かう。雪道に新しい足跡が続いていった。

夜のうちに雪がやんで、朝から小春日和のような陽気になった。早朝の会議が終わると、編集部の向井葵が小走りに駆け寄ってくる。

「編集長、今夜の氷室先生の受賞パーティーには必ず参加してくださいね」
今日子ははっとしてスマホを開くと、カレンダーに予定はなかった。

「しまった」

忘れたことが氷室に知られると、きっと叱られるだろうと慌てたが、ぼさぼさの長髪であくびをする氷室の眠そうな顔を思い出すと、笑いがこみ上げてきた。氷室恭介は時代劇からミステリー、恋愛小説までと才能豊かな作家で、女性サイトでも連載を持っている。一年に及ぶ連載が一か月前に終了して、次の新しい連載の構想中だった。

「どうしよう」

グレーのセーターにブラウン色の幅が広いパンツスタイルでパーティーに参加するわけにはいかなかった。だが夕方までぎっちりアポが入っている。着替えのために自宅に戻る時間もない。

「こんな時は百合が頼りね」

百合が勤務するアパレル会社に電話をかけると、すぐに百合に繋がった。事情を説明して
「ワンピースを貸して」とお願いすると、会社の製品を貸し出すとコストがかかるからと気を使ってくれた百合が、自分のロッカーに予備で置いているワンピースを貸してくれるという。

「助かるわ。今度ご馳走するね」

すると意外な答えが返ってきた。

「それより、私もパーティーに連れて行って」

以前の百合からは想像できないような弾んだ声だった。

(つづく)


作家 夏目かをる



本サイトに記載する情報には充分に注意を払っておりますが、この記事の情報及びこの情報を用いて行う利用者の判断について、完全性、正確性、有益性、特定目的への適合性、その他一切について責任を負うものではありません。この記事の情報を用いて行う行動や、判断・決定は、ご自身の責任において行っていただきますようお願い致します。

この記事のライター

ワーキングウーマン2万人以上の取材をもとに、恋愛、婚活、結婚をテーマにコラム、ルポ、小説など幅広く活動中。

関連する投稿


【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(8)

【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(8)

第二章、WEBメディアの編集長としてキャリアを積む独身・今日子は年下の彼氏・坂口健太との順調な恋愛を楽しんでいた。そんな時、5年前に別れた江口貴彦から手紙が届く。健太の浮気現場を見てしまい動揺した今日子は交通事故にあい病院に搬送されてしまう。そこで自分と同じような辛い体験をした女性に出会う。


【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(7)

【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(7)

第二章、WEBメディアの編集長としてキャリアを積む独身・今日子は年下の彼氏・坂口健太との順調な恋愛を楽しんでいた。そんな時、5年前に別れた江口貴彦から手紙が届く。健太の浮気現場を見てしまい動揺した今日子は交通事故にあい病院に搬送されてしまう。そこで過去の辛い記憶が蘇る…。


【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(5)

【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(5)

第二章、WEBメディアの編集長としてキャリアを積む独身・今日子は年下の彼氏・坂口健太との順調な恋愛を楽しんでいた。そんな時、5年前に別れた江口貴彦から手紙が届く。そして作家・氷室恭介のパーティ会場で健太の浮気相手を名乗る女性から健太が他にも年下の女性と付き合っていると聞かされる。


【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(4)

【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(4)

眠れない夜…大人の上質な恋愛小説はいかがですか? 第二章、WEBメディアの編集長としてキャリアを積む独身・今日子は年下の彼氏・坂口健太との順調な恋愛を楽しんでいた。そんな時、5年前に別れた江口貴彦から手紙が届く。この日、今日子は百合と共に作家・氷室恭介のパーティへと出かけて行った。


【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(2)

【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第二章~今日子の場合(2)

眠れない夜…大人の上質な恋愛小説はいかがですか? 第二章、WEBメディアの編集長としてキャリアを積む独身・今日子は年下の彼氏・坂口健太との順調な恋愛を楽しんでいた。そんな時、5年前に別れた江口貴彦から手紙が届く―


こちらもチェック!
Recommended by

オススメ情報

業界最多の非公開求人からご希望に沿った求人をご紹介、あなたの転職を成功に導きます。



業界最多の非公開求人からご希望に沿った求人をご紹介、あなたの転職を成功に導きます。



最新の投稿


知っておきたい “相続”の基本【弁護士が教えるかしこい相続相談所 #1】

知っておきたい “相続”の基本【弁護士が教えるかしこい相続相談所 #1】

40代は仕事が忙しく子どももまだ手がかかる年代ですが親の介護問題も迫ってきます。目の前のことで精一杯だと思いますが、親が亡くなったあとのことを考えておく最後のチャンスでもあります。亡くなったあとに相続で揉めることはとても悲しいことです。。Bramanoli世代の貴女だから知っておくべき相続のことをお伝えします。


何でも口出ししてくる… 母親と大人として対等に付き合うには?【人間関係に悩んだら…“ロジかわ”で世渡り上手に!#5】

何でも口出ししてくる… 母親と大人として対等に付き合うには?【人間関係に悩んだら…“ロジかわ”で世渡り上手に!#5】

自分のことを心配して接する母親に、悩んだりストレスを感じることはありませんか。母親の愛情の現れだと十分にわかるからこそ、ないがしろにできず、負の感情をいだく自分にも罪悪感を覚え関係性について悩むことも。今回は、母親とどのように接していけばいいのかロジカルに解決します。


宮本真知のタロット占い【5月21日(月)~5月27日(日)の運気】

宮本真知のタロット占い【5月21日(月)~5月27日(日)の運気】

あなたの心に寄り添いながらそっと背中を押してくれると評判のタロット占い師、宮本真知がお届けする週間タロット占い。直観を信じて…今週のあなたの運気は?


「つみたてNISA」と「NISA」の違い【ぐうたらさんでもお金が増える♯08】

「つみたてNISA」と「NISA」の違い【ぐうたらさんでもお金が増える♯08】

こんにちは。家計研究家の氏家祥美です。これまで、積立投資がなぜいいのか、積立投資を始めるなら「つみたてNISA」がお得、ということで、前回はその始め方について詳しくお話ししました。でも人によっては、つみたてで無い方がいいこともあります。そこで今回は、つみたてNISAと普通のNISAの違いについて、お話ししていきます。


夫の「加齢臭」上手な対策法【幸せ夫婦コミュニケーション術 #73】

夫の「加齢臭」上手な対策法【幸せ夫婦コミュニケーション術 #73】

あれ? 最近急に夫の体臭が気になるようになった。これってもしかして加齢臭? ニオイは、なかなか本人が気がつきにくいため周りも言い出すのが難しい問題ですね。特に男性は身体について加齢を指摘されるのを嫌がります。さり気なく言うなら、本人以外の話題で持ち出すのが吉。どう対処すれば良いか、おすすめの方法をご紹介します。










よく読まれている人気記事


>>総合人気ランキング